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生命の儚さ。




天気の良い土曜日。

冬が近づいてるとは思えない晴天。






そんな日の朝に

突然舞い込んできた知り合いの訃報。

まだまだこれからの未来があったあまりにも若い突然死。






東京に出てきてから知り合った彼。

感性豊かで独特な雰囲気を持ち、

それを生かして音楽活動を続けていた彼。

メジャーデビューする前から

素晴らしい作品を届けてくれていた彼。

つい先日までライブを行っていた彼。







なのに、

もぅ、いないのでしょうか。

もぅ、会えないのでしょうか。








何の疑いもなく「明日」が来ると思っている中での「死」は

あまりにも酷く、あまりにも悔しい。

「生命(いのち)」とは強いんだ、と信じつつ、

実は果てしなく「儚い」という事実に打ちのめされる。






私もシャンスもossanも、今、生きています。

でも、明日を迎えられる保障は誰もしてくれない。

当たり前に明日の朝は来ると信じてやまないけれど、

実はその「当たり前」こそ「奇跡」なのかもしれません。







生きているということは奇跡。

生きているということが奇跡。







最近、映画のCMでよく聞くフレーズですが、

彼のあまりに若い突然死は

その意味を痛いほど訴えてきました。






「今」をしっかり生きよう。

「明日」に頼らず、まして「将来」に頼らずに

「今」というこの時間をしっかり生きよう。



200911071.jpg



Oちゃん、

素敵な作品をたくさん届けてくれてありがとう。

あなたのこと、絶対に忘れません。







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